廃線でわかる北海道
北海道には、今はもう走っていない鉄道がたくさんあります。なぜ敷かれ、なぜなくなったのか。地図の場所を選んで、その路線へ飛んでみてください。
3D地図を読み込んでいます
地理院タイル(標高タイル、全国ランドサットモザイク画像)を加工して作成。データソース:Landsat8画像(GSI,TSIC,GEO Grid/AIST), Landsat8画像(courtesy of the U.S. Geological Survey), 海底地形(GEBCO)。高さは8倍に強調
すべての路線



国鉄湧網線はなぜなくなった?サロマ湖と能取湖のほとりを走った89.8km。戦争で途切れ、18年かけてつながった鉄道を、1970年代の空中写真でたどります。


国鉄深名線はなぜなくなった?ダムの湖と日本一寒い山あいを走った121.8km。道路がないから残され、JRになって消えた鉄道を、1960年代の空中写真でたどります。


国鉄根北線はなぜ途中で終わった?斜里から山を越えて根室へ向かうはずだった鉄道。戦争で止まり、13年だけ走った区間と、一度も列車が渡らなかった越川橋梁をたどります。


国鉄日高本線はなぜ戻らなかった?2015年の高波で止まり、一度も列車が戻らなかった116km。海岸ぎりぎりを走った線路と被災した場所を、1970年代の空中写真でたどります。


国鉄留萌本線はなぜ消えた?石炭と鰊の港へ向かった約67km。2016年、2023年、2026年の3回に分けて消えるまでを、1970年代の空中写真でたどります。


国鉄狩勝峠の旧線はなぜ消えた?1907年に石狩と十勝の境の峠を越えた約28km。急な坂と大カーブ、実験線、町の文化財になった遺構までを、1960年代の空中写真でたどります。


国鉄夕張支線はなぜなくなった?石炭の町へ谷を上った16.1km。終点の駅が2回移り、2019年に市が選んだ廃止までを、1960年代の空中写真でたどります。


国鉄幌内線はなぜなくなった?北海道で最初の鉄道が石炭を積み出した三笠の幌内。炭鉱の町と鉄道の100年あまりを、1960年代の空中写真でたどります。


国鉄手宮線の線路はなぜ残っている?北海道で最初の鉄道の一部。石炭の港へ向かった線路が、小樽の街なかに散策路として残るまでをたどります。


国鉄士幌線の橋はなぜ湖に沈んだ?糠平湖に現れるタウシュベツ川橋梁。ダムができる前、1955年の空中写真で、沈んだ線路をたどります。


路面電車札幌市電はなぜ残った?最盛期は約25km、円山公園や新琴似まで。一度は全線廃止の予定だった電車が、今も走る理由をたどります。


私鉄定山渓鉄道はなぜなくなった?札幌から温泉へ走った電車の開業から廃止まで。線路の一部は地下鉄南北線に受け継がれました。
地理院タイル(全国ランドサットモザイク画像)を切り抜いて掲載。データソース:Landsat8画像(GSI,TSIC,GEO Grid/AIST), Landsat8画像(courtesy of the U.S. Geological Survey), 海底地形(GEBCO)

