3D地形を読み込んでいます
地理院タイル(標高タイル、シームレス空中写真)を加工して作成。1955年の写真:国土地理院の空中写真(米軍撮影、USA-M770-104)をもとに当サイトが位置合わせして加工。線路の線 © OpenStreetMap contributors。高さは1.5倍に強調
廃線でわかる北海道
士幌線の橋はなぜ湖に沈んだ?
北海道上士幌町の糠平湖には、水が減る時期にだけ姿を現すコンクリートの橋があります。タウシュベツ川橋梁、通称「めがね橋」です。
なぜ湖の中に鉄道の橋があるのでしょうか。ダムができる前の写真で、沈んだ線路をたどります。
スクロールすると、ダムができる前の谷へさかのぼります
路線の全体
帯広から、山の奥の十勝三股へ
国鉄士幌線は、帯広から北へ進み、音更川をさかのぼって十勝三股まで通じていました。
この3Dで見えるのは黒石平より北の山あいです。黄色い線は、ダムができる前の線路のおおよその位置です。
1925〜39年
木材を運ぶため、少しずつ奥へ
士幌線は、十勝内陸の森林資源を運ぶために建設されました。
1925年に帯広〜士幌、1926年に上士幌、1935年に清水谷、1937年に糠平と延び、1939年に三股まで開通します。
1936〜39年
山奥に並ぶ、コンクリートのアーチ橋
沿線にはコンクリートのアーチ橋が造られました。第三音更川橋梁の32mのアーチは、戦前の北海道の鉄道コンクリートアーチ橋で最大の径間として知られます。
タウシュベツ川橋梁は10mのアーチが11連の橋で、1937年に完成し、1939年の開通で使われ始めました。
1955年6月18日
これが、湖になる前の谷
水を抜いて、1955年に米軍が撮影した空中写真を重ねました。蛇行する音更川が流れ、白っぽい谷の範囲が今の湖とほぼ重なります。
谷の高さは想像で、写真は今の地形に合わせて当サイトで位置を調整しました。
1955年6月18日
谷の東側に、まっすぐな線
川の東側を、細い線が北西から南へ通っています。赤い線は、これを当サイトがたどったおおよその位置です。
北の部分は、今の空中写真の干上がった湖底に残る直線とも同じ向きで、タウシュベツ川橋梁につながります。
1955年
線路は、谷の反対側へ移された
糠平ダムの建設で、士幌線は左岸側から右岸側へ付け替えられました。黄色い線が新しい線路で、湖の西側を大きく回ります。
糠平川橋梁や三の沢橋梁は、この付け替えで1955年に架けられたアーチ橋です。写真でも新しい路盤が白く見えます。
1955年6月18日
ダムの建設地のすぐ上流
ダムの工事は1953年に始まっていました。写真には、線が並ぶ広い施設が写っています。駅なのか工事の施設なのかは、確かめられていません。
元の糠平の街はダムの真下あたりにあり、ダム建設で今の場所へ移りました。
1956年
ダムが完成し、谷は湖になった
高さ76mの糠平ダムは1956年に完成し、糠平湖が生まれました。
タウシュベツ川橋梁はレールを外され、コンクリートの部分だけが湖の中に残されました。
1978年
糠平から先は、代行バスに
1978年12月25日、水色の糠平〜三股の区間で列車がなくなり、代行バスに替わりました。
木材を運ぶために山の奥へ延びた線路は、先の部分から役目を終えていきます。
1987年
全線廃止
町では1981年に存続の町民決起大会、1983年に廃止反対の総決起大会が開かれました。
それでも1987年3月、士幌線は全線が廃止されました。
1998年〜
町が、橋を引き取った
1998年、上士幌町は保存基金の条例を可決し、アーチ橋群と線路跡地を取得しました。アーチ橋は1999年から国の登録有形文化財になり、2001年には北海道遺産に選ばれています。
第三音更川橋梁の補修は2019年に始まり、2020年に終わりました。費用は1億800万円に及びます。
現在
水が引くと、橋が見える
今の写真は水位の低い時期のもので、干上がった湖底が写っています。橋はこの地図の細かさでは細い筋にしか見えません。例年、橋の全体が見られるのは3月末から5月末ごろで、7月中旬から12月下旬は沈む年が多いとされます。
この場面の湖の底の形は想像です。
現在
少しずつ、崩れている
2019年には第六音更川橋梁が一部崩落し、2024年6月にはタウシュベツ川橋梁の6番目のアーチで、上部の側壁が大きく崩れました。
湖の底の線路を思い浮かべながら見ると、この景色は少し違って見えてきます。

