3D地形を読み込んでいます
地理院タイル(標高タイル、全国ランドサットモザイク画像)を加工して作成。データソース:Landsat8画像(GSI,TSIC,GEO Grid/AIST), Landsat8画像(courtesy of the U.S. Geological Survey), 海底地形(GEBCO)。高さは1.5倍に強調
地形でわかる北海道
阿寒湖はどうやってできた?
阿寒湖は、面積13.25km²の湖です。大型の球状マリモが育つ場所として世界で唯一、国の特別天然記念物に指定されています。
なぜここでマリモが丸く育つのでしょうか。その答えは、湖のでき方につながっています。
スクロールすると、約20万年前へさかのぼります
現在
大きなくぼ地の中の湖
阿寒湖は、阿寒カルデラという大きなくぼ地の中にあります。カルデラは北東から南西に24km、北西から南東に13kmの楕円形です。
中ほどに雄阿寒岳がそびえ、その周りに阿寒湖、パンケトー、ペンケトーなど、大小10ほどの湖沼が並びます。
約20万〜15万年前
大規模な火砕流が、3回
約20万〜15万年前の激しい火山活動で、3回の大規模な火砕流が噴き出し、阿寒カルデラができたとされています。
この地域の火山活動そのものは、それよりずっと前から続いていました。当時の地形は再現できないので、想像の姿で見ていきます。
約20万〜15万年前
大きなくぼ地ができる
地面が落ち込んで、大きなカルデラができました。
実際のカルデラは傾いた楕円形です。沈む範囲は、そのおおまかな形をもとにしたイメージで、実際より小さく描いています。
カルデラの形成後
カルデラに、大きな湖がたまる
カルデラの中に水がたまり、「古阿寒湖」と呼ばれる大きな湖ができました。
今の阿寒湖やパンケトー、ペンケトーは、もとはこの1つの湖だったと考えられています。湖の広がりや水位はイメージです。
雄阿寒岳の噴火より前
あふれた水が壁を削り、水位が下がる
釧路市の資料によると、あふれ出た湖の水が外輪山を削って水位が下がり、カルデラの中に谷ができました。
今の湖の底にも、当時の谷の跡が残っているとされています。地形の変化はイメージです。
約1.3万〜2500年前
雄阿寒岳が、湖を分ける
カルデラの中に雄阿寒岳ができ、流れ出た溶岩が湖を埋めて、湖は大小に分かれました。
分かれた時期は資料によって幅があります。約6000年前ごろ、約1万〜6000年前とする説明のほか、約1.3万年前に分かれ始め、阿寒湖を含む北側の湖は5000〜2500年前にできたとする論文もあります。山が育つ様子はイメージです。
現在
こうして、湖が並んだ
雄阿寒岳を取り囲むように、湖が残りました。パンケトーの湖面は標高約455m、ペンケトーは約506mで、420mの阿寒湖とは高さも違います。
大きな湖は山の西から北東に、小さな湖沼は南から東に集まっています。この配置は、カルデラと雄阿寒岳のでき方によるものです。
雌阿寒岳の噴火
谷が沈み、遠浅の湾ができた
釧路市の資料によると、雌阿寒岳の噴火でせき止められて水がたまり、陸だった谷が沈んで入り江になりました。そこへ川が土砂を運び、遠浅の湾ができました。
せき止めた火山については、北側の湖は雄阿寒岳によるとする論文もあり、説明が分かれます。その湾の1つが、湖の北にあるチュウルイ湾です。
現在
マリモが丸くなるのは、転がるから
マリモは本来、糸のような緑藻です。それが集まり、波で湖底を転がると、全体に光が当たって丸く育ちます。
チュウルイ湾は対岸まで2km以上あり、岸に向かって秒速5m以上の風が吹くと、波でマリモが回り始めます。波が弱いと回らず、強すぎると岸に打ち上げられます。
現在
条件がそろう場所は、わずか
遠浅で明るく、濁りにくい砂の湖底に、栄養のある水が流れ込みます。こうした条件が重なって、大きな球状マリモが育ちます。
1920年初めまで4つの湾にあった生育地のうち、2つは木材の伐採に伴う土砂の流入で消えました。アイスランドのミーヴァトン湖では、球状マリモが2014年に消失しています。
現在
そして、今の阿寒湖へ
カルデラの噴火、水位の低下、雄阿寒岳の溶岩、谷の水没。長い時間の積み重ねが、マリモの転がる湾を作りました。
雌阿寒岳は今も活動を続ける火山で、近年も小さな噴火を起こしています。

