3D地形を読み込んでいます
地理院タイル(標高タイル、全国ランドサットモザイク画像)を加工して作成。データソース:Landsat8画像(GSI,TSIC,GEO Grid/AIST), Landsat8画像(courtesy of the U.S. Geological Survey), 海底地形(GEBCO)。高さは1.5倍に強調
地形でわかる北海道
屈斜路湖はなぜ魚が消えた?
屈斜路湖は、面積79.54km²の、日本最大のカルデラ湖です。今はヒメマスやアメマスなど、多くの魚がすむ湖です。
ところが20世紀の半ば、この湖は強い酸性になり、魚がほとんどいなくなりました。その理由を、地形からたどります。
スクロールすると、30万年以上前へさかのぼります
現在
湖より、ずっと大きなくぼ地
屈斜路カルデラの大きさは、東西26km、南北20kmです。湖はその西側を占めるだけで、真ん中に中島が浮かびます。
東側にはアトサヌプリ(硫黄山)などの火山が並び、さらに東の壁の上に摩周湖があります。
30万年以上前
ここには、いくつもの火山があった
事典によると、ここにはいくつかの成層火山がありました。観光庁の解説文では、今のくぼ地は30万年以上前に始まった一連の大規模噴火でできたとされています。
当時の地形は再現できないので、湖と火山を消して周りからつないだ、想像の姿で見ていきます。
30万年以上前〜約4万年前
大規模な噴火が繰り返される
大規模で断続的な火山活動が、十数回にわたって繰り返されたと説明されています。
気象庁の一覧では、最後のカルデラ噴火の年代は約4万年前です。
30万年以上前〜約4万年前
地面が陥没して、巨大なカルデラに
噴火を繰り返したあとに陥没して、屈斜路カルデラができました。阿蘇カルデラと並ぶ、世界でも有数の規模とされています。
陥没の経過は再現していません。沈む範囲も、東の摩周湖を崩さないよう実際より小さくしたイメージです。
カルデラの形成後
くぼ地に、水がたまる
くぼ地に水がたまりはじめます。
当時の湖の範囲や水位を示す資料は確認できなかったので、この広い湖はイメージです。
約3.5万年前〜
東側に、アトサヌプリが現れる
カルデラの中央部では、約3.5万〜2.5万年前に小さなカルデラができ、1.5万年前以降に10個の溶岩ドームが噴き出しました。
こうして東側に山ができ、その西に今の屈斜路湖が形づくられたと説明されています。中島も溶岩ドームを持つ火山ですが、できた年代は今回確認できていません。
現在
今も煙を上げる硫黄山
アトサヌプリは今も噴気を上げていて、環境省によると噴気孔は1,500以上あります。硫黄は1963年まで採掘されていました。
この火山の酸性の水が、湯川を通って屈斜路湖の北東の端に流れ込みます。カルデラの地形が、湖の水質につながっているのです。
1940〜60年代
湖が酸性になり、魚が消えた
道総研の整理によると、湖は1930年代にpH5〜6台でしたが、1940〜50年代に酸性化が進み、1960年にはpH4が報告されました。魚類の大部分が死滅したと考えられています。
原因は確定できていません。北海道の水産研究の報告は、1950〜60年代の温泉開発を挙げています。釣りの紹介記事には1938年の屈斜路湖地震が原因とするものもありますが、根拠は示されていません。また、湖底の堆積物から1840年ごろにも酸性だったと推定されています。
1968年〜現在
魚は戻った。しかし
湖は1980年代以降に中性へ向かい、1968年以降の放流もあって、魚が戻りました。
ただ、水が酸を中和する力は2005年以降に減っています。このまま減り続けると、2035年前後に再び弱い酸性になる可能性も考えられると、道総研は試算しています。
現在
そして、今の屈斜路湖へ
巨大なカルデラを作った火山の活動は、今も続いています。静かに見える湖の水も、その影響の中で変わり続けています。

