北海道暮らしの読みもの

3D地形を読み込んでいます

地理院タイル(標高タイル、シームレス空中写真)を加工して作成。高さは1.5倍に強調

地形でわかる北海道

利尻島はどうやってできた?

利尻島は、北海道の北の日本海に浮かぶ島です。島の大部分が、利尻山という1つの火山でできています。

この山は、どうやってここにできたのでしょうか。そして、なぜ今の形になったのでしょうか。

スクロールすると、約20万年前へさかのぼります

現在

島のほとんどが、1つの火山

島の大きさは18km×16kmです。ただ、火山の噴出物は海面下80mまで続いていて、海の中も含めた裾は23km×18kmあります。

上から見ると、山頂から海へ向かって谷が放射状に広がっています。

約20万年前より前

はじめは、平らな島だった

産総研の研究者のまとめによると、火山ができる前のここには、古い岩でできた比較的平らな島がありました。

その岩の一部は、今も島の北側の海岸の崖で見られます。島の形や高さは資料にないので、今の島から山を消したイメージです。

約20万〜7万年前

噴火が始まり、山が育つ

約20万年前(確かな年代では少なくとも約13万年前)から噴火が始まりました。島の中央に安山岩の山が、ふもとに溶岩ドームができていきます。

約7万年前には、すでに大きな火山になっていました。利尻島郷土資料館の解説では、標高は1,300mほどです。この山は今も、火山全体の体積の約3分の1を占めています。形はイメージです。

約4万年前

最盛期、山は1,800mほどに

約4万年前、短い期間に大量のマグマが噴き出しました。これが最盛期です。山は標高1,800mほどになりました。

流れ出た溶岩は海まで届き、沓形岬や富士岬を作りました。今の地形をなめらかにして高さを変えたイメージで、当時の形の復元ではありません。

約4万年前〜

ふもとのあちこちで噴火する

その後、噴火の様子が変わります。少なくとも14か所から、少しずつマグマが出るようになりました。

島の周りに見える小さな山は、こうしてできたものです。量は多くなく、気象庁によると全体の1割程度です。

約2万8千年前

山頂から、海の底まで流れた溶岩

山頂から玄武岩の溶岩が流れ、北東の海底まで届きました。野塚溶岩です。この溶岩が野塚岬を作りました。

山頂の近くにあるローソク岩は、このときのマグマの通り道だと考えられています。

〜数千年前

最後の噴火は、南のふもとで

噴火は南東のふもとへ移り、マグマと水が触れて爆発する噴火も起きました。その跡が沼浦のくぼ地で、オタトマリ沼があります。

最後の噴火の時期は、資料によって約8000年前までとも、約4000年前の可能性があるともされています。記録に残る噴火はありません。

現在

山は、削られ続けている

噴火が止まると、山は削られる一方です。標高500mより上は大きく削られ、深い谷が刻まれています。下はなだらかな溶岩の台地や扇状地です。

削られた谷の奥では、古い時代の山の内部が見えています。島の西側の谷では、標高900〜1,200mに初期の山の内部が現れています。

2004年

今も、土砂が流れ下る

2004年9月の台風18号では、島の東側で212mmの雨が降り、ヤムナイ沢に土石流が起きました。2mを超える岩も流れ下りました。

土砂の一部は海岸まで届いています。ふもとの扇状地は、こうして削られた土砂でできています。

現在

川が少ないのに、水が湧く

山の谷は、ふだんは水のない涸れ沢です。雨や雪は火山の中にしみ込み、ふもとで湧き出します。

一年中湧く水で最も高い場所にあるのが、名水百選の甘露泉です。海の底から湧く水もあります。湧水や川は島の東半分に集中し、西半分にはほとんどありません。

現在

そして、今の利尻島へ

平らな島に火山が積み重なり、海まで溶岩が流れ、今は削られながら水をたたえています。

利尻山は気象庁の活火山の1つですが、今は火山活動の兆候は認められていません。

利尻島と利尻山の基本データ

利尻山の標高1,721m
島の大きさ18km×16km
火山の裾(海面下80mまで)23km×18km
火山の体積55km³(火山灰を含めた総噴出量は62km³)

標高は気象庁、そのほかは産総研の研究者のまとめによります。

利尻火山の移り変わり

約20万年前より前古い岩の、比較的平らな島
約20万〜7万年前初期。安山岩の山と溶岩ドーム群ができる
約4万年前最盛期。短期間に大量に噴出し、標高1,800mほどに
約4万年前〜末期。少なくとも14か所から少量の噴出
約2万8千年前山頂から野塚溶岩が北東の海底まで流れる
〜数千年前南東のふもとで噴火し、活動が終わる

活動の開始は「約20万年前以降」で、確かな年代では少なくとも約13万年前です。産総研の別のページには「200万年前に海底噴火」「約9万年前までに今のような山」という説明もありますが、噴火史を専門にまとめた資料の年代を採りました。最後の噴火は、気象庁が最新のマールを数千年前(4000年前頃の可能性)、スコリア丘群を2000〜8000年前以前、利尻島郷土資料館が8000年ほど前まで、としています。「最盛期の1,800m」と今の1,721mは同じ山頂の比較ではありません。当時の主な火口は、今の山頂より500mほど南にあったと推定されています。

オタトマリ沼は、利尻島郷土資料館の資料ではマールの沼です。当サイトの湖沼カタログは、環境庁の1993年の調査にもとづき成因を「海跡湖」としていて、説明が異なります。

よくある質問

利尻島はどうやってできたのですか?

古い岩でできた比較的平らな島の上で、約20万年前から噴火が繰り返され、火山が積み重なってできました。約4万年前に最も活発になり、標高1,800mほどの山になったとされています。

利尻山が最後に噴火したのはいつですか?

数千年前です。資料によって約8000年前まで、約4000年前の可能性ありなどと幅があります。記録に残る噴火はありません。

利尻山は活火山ですか?

気象庁の活火山の1つです。ただ、今は噴気も含めて火山活動の兆候は認められていません。

利尻島に川が少ないのはなぜですか?

雨や雪が火山の中にしみ込むためです。谷はふだん涸れ沢で、水はふもとの湧水や海底の湧水として現れます。大きな川があるのは島の北東側くらいです。

礼文島も火山ですか?

産総研の解説によると、8km隣の礼文島はまったく異なる成り立ちで、海底の隆起でできたとされています。

関連するページ

オタトマリ沼の面積や水深は、北海道の湖沼カタログでも見られます:オタトマリ沼(利尻郡利尻富士町)

利尻山の標高や所在地は、北海道の山カタログでも見られます:利尻山(利尻富士、1721m)

この3D地形について

今の地形は、国土地理院の標高タイルと空中写真を、開いたブラウザがその場で読み込んで描いています。一方、平らな島、山が育つ途中、最盛期の山の形、噴煙はイメージで、当時を正確に再現したものではありません。最盛期の山は、今の地形をぼかして高さを1,800mにしたものです。海の底の形は実際のデータではありません。画面の右上に、イメージかどうかを表示しています。

空中写真の出典:地理院タイル(シームレス空中写真)。「電子国土基本図(オルソ画像)」、「東日本大震災後正射画像」、「森林(国有林・民有林)の空中写真(林野庁)」、「地方公共団体等の空中写真」、「簡易空中写真」、「国土画像情報」から作成されたものです。地理院タイル一覧

参考にした資料

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