3D地形を読み込んでいます
地理院タイル(標高タイル(5mメッシュ・10mメッシュ)、シームレス空中写真)を加工して作成。高さは1.5倍に強調
地形でわかる北海道
礼文島の高山植物はなぜ海辺に咲く?
稚内の西、日本海に浮かぶ礼文島。南北に細長い島で、いちばん高い礼文岳でも490mしかありません。
この島では、高山植物が海辺の低い所で花を咲かせます。なぜなのか。島の地形からたどっていきます。
スクロールすると、火山ではない島の成り立ちから、西の断崖と東のなだらかな斜面、北の低い丘、海辺の高山植物へとたどります
白亜紀〜
火山の利尻島と、火山でない礼文島
すぐ南には、火山の利尻島があります。2つの島は8kmほどしか離れていませんが、島をつくる地層はまったく違います。
礼文島の土台は、白亜紀前期(1億年以上前)の地層「礼文層群」です。その上に新第三紀中新世の地層が重なり、玄武岩の岩脈がそれらを貫いています。白亜紀の地層は主に島の中央に、新第三紀の地層はそれを取り巻くように北部と南部に分布しています。
現在
西は、断崖絶壁
島の南部と中部には標高200〜300mの山地が続いています。その西側は、急な海食崖となって、断崖絶壁で日本海に面しています。
西海岸には崖の下にわずかな浜が点々とあるだけで、道路はほとんど通っていません。
現在
滝になって海に落ちる川
西海岸に向かって流れる川は流れる距離が短く、海岸の断崖から滝となって海に落ちます。
地蔵岩の近くの礼文滝は、そうした滝のひとつです。崖の上の山腹から、急な滝になって海岸に落ちています。
現在
東は、なだらかに海へ下る
一方、島の東側は、海岸に向かって少しずつ低くなっていきます。北や東の海岸に向かう川は、流れる距離が比較的長くなります。
東海岸には道路が通り、香深などの集落や港があります。小さな入り江が、船付場として使われてきました。
現在
北だけ低く、平らな理由
島の北部は、標高100m前後の低く平らな丘です。中部や南部とは、ようすが違います。
中部と南部が、礼文層群の硬い岩や、硬い集塊岩、安山岩でできているのに対し、北部はそれよりやわらかい新第三紀の頁岩の地層でできているためと考えられています。北部の大きな湾(船泊湾)も、やわらかい頁岩が長い間に削られてできたもので、両側には硬い岩が岬として残っています。
現在
砂でせき止められた久種湖
島でただ一つの湖、久種湖です。北へ流れる川が海に注ぐあたりで、砂によってせき止められてできました。
北部では川がやわらかい頁岩の間を蛇行して流れ、この島としては比較的広い平地をつくっています。
第四紀
昔の海岸の跡、海成段丘
島の北部と南部の海岸ぞいには、昔の海岸が持ち上がってできた平らな段(海成段丘)が残っています。
低いものは標高10〜20mで、北の金田ノ岬から東海岸の内路まで、海岸に沿って続いています。高いものは標高40〜60mほどで、北部ではわずかですが、南部の知床のあたりではかなり広く分布しています。
現在
海辺の高山植物
島の南西部、桃岩のあたりから西海岸にかけての斜面です。海に近い低い所に、高山植物の群落が広がっています。
この「礼文島桃岩一帯の高山植物群落」は、2022年3月15日に国の天然記念物に指定されました。
最終氷期以前〜
強い風と、凍る地面
礼文島には、気温の面で高山帯にあたる場所はありません。それでも高山植物が育つのは、西海岸が冬の強い風にさらされる風衝地で、凍結と破砕をくり返して表土が動きやすいという、特殊な場所になっているためです。
これらの植物は、最終氷期より前の古い時代に渡ってきたものが生き残っていると考えられています。北海道のほかの高い山と違って本州の高山と同じ南方系の種類が多く、礼文島だけの固有の種も多いのが特徴です。
現在
風と地形がつくった花の島
硬い岩の山地が西で断崖となって海に落ち、東はなだらかに下り、やわらかい北部は低い丘になりました。
そして、冬の強い風を受ける西の斜面が、遠い昔に渡ってきた高山植物の、海辺のすみかになっています。

