北海道暮らしの読みもの

3D地形を読み込んでいます

地理院タイル(標高タイル、シームレス空中写真)を加工して作成。高さは1.5倍に強調

地形でわかる北海道

樽前山の溶岩ドームはどうやってできた?

支笏湖の南、苫小牧の街の北西にそびえる樽前山(1,041m)。約9,000年前に活動を始めた、新しい火山です。

江戸時代からの300年あまりのあいだに、苫小牧のまわりの土地を何度も火山灰で覆ってきました。

スクロールすると、苫小牧の街から樽前山の山頂へ向かいます

現在

山頂の、プリンのような形

山頂には、直径1.2×1.5kmの火口を囲む外輪山があります。その真ん中に盛り上がっているのが、1909年にできた溶岩ドームです。

火口の中に、さらに火口原と溶岩ドームがある、三重の形の火山です。

約9,000年前

カルデラの縁の上に生まれた

樽前山は、約4万年前の大噴火でできた支笏カルデラの、南の縁の上で活動を始めました。北の風不死岳、北西の恵庭岳と並ぶ、カルデラができたあとの火山のひとつです。

山の北側のゆるい斜面は、火砕流が積もってできたもので、支笏湖の湖面の下まで続いています。

1667年

東へ、灰が降り積もる

1667年9月、大きな噴火が起きました。約150km南の下北半島の田名部でも鳴動が記録され、3日間、断続的に噴煙が上がりました。

軽石や火山灰は東へ広く積もり、苫小牧の北で約2m、十勝平野でも数cmに達しました。噴煙と灰の範囲はイメージです。

1667年

火砕流がせき止めた沼

山のふもとには火砕流が2回流れ下りました。

錦多峰川上流の口無沼と、樽前川下流の森田沼は、このときの火砕流が川をせき止めてできた可能性が高いとされています。

1667年

灰に埋もれた丸木舟

苫小牧市東部の沼ノ端では、1667年の噴火の軽石や火山灰に埋もれた丸木舟が見つかっています。

灰が、当時の人々の暮らしの跡をそのまま閉じ込めました。

1739年

さらに大きな噴火

72年後の1739年8月、さらに大きな噴火が起きました。18日から30日まで噴火が続き、そのうち2〜3日は、あたりが暗くなるほど灰が降りました。

灰は北東へ広く積もり、今の千歳空港のあたりで約1m、遠く大雪山の地域でも数cmに達しました。噴煙と灰の範囲はイメージです。

1739年

山頂に外輪山ができる

この噴火で、山頂に直径1.2×1.5kmの外輪山ができました。火砕流は4回流れ下って火口から最大10kmまで届き、北と北西では支笏湖に流れ込んでいます。

翌1740年には北半球で木の年輪に変化があり、この噴火が地球規模の気候に影響した可能性も指摘されています。

1867〜1909年

消えた、最初のドーム

1867年の噴火で、火口の中に小さな溶岩ドームができました。しかし1874年の噴火でこのドームは壊れ、火口が開きます。

ドームのない山頂の形は、今の地形からドームだけを削ったイメージです。

1909年4月

数日で、ドームが現れる

1909年、3か月にわたって噴火と鳴動が続いたあと、4月17日から19日のあいだに、火口の中に溶岩ドームが盛り上がりました。

5月2日に成長がほぼ止まったとき、最大径450m、高さ134m、温度は457℃ありました。ねばり気の強い溶岩が、火口の外へあふれずに盛り上がったものです。

現在

世界でも貴重なドーム

できたときはまんじゅうのような形でしたが、その後、頂上が低くなって平らになり、まわりに崩れた岩が積もって、杯を伏せたような形になりました。高さは1917年に126m、今は約120mです。

20世紀にできた溶岩ドームとして学術上世界的に貴重とされ、1967年に北海道の天然記念物に指定されました。

1909年〜現在

今も熱いドーム

1909年のあと、マグマを噴き出す噴火は起きていません。それでも小さな噴火は続き、1926年の噴火では、灰が240km離れたオホーツク海沿岸の渚滑まで届きました。

1978年には高温の火山灰の流れが火口から約100m流れ下り、2000年前後にはドームのそばの火口の温度が600℃を超えました。噴気はイメージです。

現在

灰が埋めた、平らな土地

樽前山のふもとには、噴火で降り積もった火山灰が沢や谷を埋めてできた、平らな土地が広がっています。火山灰の土は栄養に乏しく、木が深く根を張れないため、強い風で倒れる被害が多い土地でもあります。

海辺の砂浜は、港はつくれないと考えられてきました。1951年に砂浜を内陸へ掘り込む工事が始まり、1963年に国内初の掘込式の港として苫小牧港が使われ始めました。

現在

今の樽前山

樽前山は今、噴火警戒レベル1(活火山であることに留意)です。気象庁によると、活動は静かですが、山頂の溶岩ドームのまわりでは高温の状態が続いています。

産総研の火山地質図は、17〜18世紀のような大噴火がすぐ起こる可能性は低く、19世紀から続く中小の噴火が起こりうると考えるべきだとしています。

樽前山は活火山です。2026年10月2日現在、噴火警戒レベル1(活火山であることに留意)で、山頂の溶岩ドームのまわりでは高温の状態が続いています。登山の前に、気象庁の最新の情報と、苫小牧市の案内を確かめてください。

樽前山の主な噴火

約9,000年前活動を始める
1667年大規模な噴火。灰は東へ、苫小牧の北で約2m。火砕流が2回
1739年大規模な噴火。灰は北東へ、今の千歳空港のあたりで約1m。火砕流が4回。山頂に外輪山ができる
1804〜1817年文化年間のある時期に噴火
1867年火口の中に小さな溶岩ドームができる
1874年噴火でドームが壊れる。苫小牧市錦岡付近で灰が約45cm
1909年4月17〜19日に今の溶岩ドームができる
1926年灰がオホーツク海沿岸の渚滑(240km先)まで届く
1978年小規模な噴火。高温の火山灰の流れが約100m

気象庁と産業技術総合研究所の資料によります。噴出した量は資料によって少し違い、1667年は2.8〜2.9km³、1739年は4〜4.5km³です。溶岩ドームの高さは、気象庁の資料では1909年に134m、1917年に126m、産総研の火山地質図では今は約120mです。

よくある質問

樽前山の溶岩ドームはいつできましたか?

1909年(明治42年)4月17日から19日のあいだに、山頂の火口の中に盛り上がりました。5月2日にはほぼ成長が止まり、最大径450m、高さ134mでした。

なぜドームの形になったのですか?

溶岩のねばり気が強いため、火口の外へ流れ出さずに、その場で盛り上がったためです。

苫小牧には樽前山の火山灰が積もっていますか?

はい。1667年の噴火では苫小牧の北で約2m、1739年の噴火では今の千歳空港のあたりで約1mの軽石や火山灰が積もりました。ふもとの平らな土地は、降り積もった火山灰が沢や谷を埋めてできたものです。

樽前山の溶岩ドームに登れますか?

溶岩ドームは北海道の天然記念物で、今も高温の状態が続いています。登山の前に、気象庁と苫小牧市の最新の情報を確かめてください。

樽前山へ行くなら

道の駅 ウトナイ湖は、1667年の噴火の灰に埋もれた丸木舟が見つかった沼ノ端の近くにあります。樽前山の登山の前には、気象庁の噴火警戒レベルと苫小牧市の案内を確かめてください。

口無沼の面積や水深は、北海道の湖沼カタログでも見られます:口無沼(苫小牧市)

山の標高や所在地は、北海道の山カタログでも見られます:樽前山(1041m)、風不死岳(1102m)、恵庭岳(1320m)

この3D地形について

今の地形は、国土地理院の標高タイルと空中写真を、開いたブラウザがその場で読み込んで描いています。起伏が見えるよう、高さは1.5倍に強調しています。

噴煙、灰の範囲、ドームのない山頂は、イメージです。灰の範囲は、資料にある向き(1667年は東、1739年は北東)に合わせて描いたもので、灰が積もった範囲を測ったものではありません。ドームのない山頂は、今の地形から溶岩ドームの部分だけを、まわりの火口原の高さまで削って作りました。

空中写真の出典:地理院タイル(シームレス空中写真)。「電子国土基本図(オルソ画像)」、「東日本大震災後正射画像」、「森林(国有林・民有林)の空中写真(林野庁)」、「地方公共団体等の空中写真」、「簡易空中写真」、「国土画像情報」から作成されたものです。地理院タイル一覧

参考にした資料

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