3D地形を読み込んでいます
地理院タイル(標高タイル、全国ランドサットモザイク画像、空中写真1961〜69年)を加工して作成。データソース:Landsat8画像(GSI,TSIC,GEO Grid/AIST), Landsat8画像(courtesy of the U.S. Geological Survey), 海底地形(GEBCO)。高さは1.5倍に強調
地形でわかる北海道
釧路湿原はかつて海だった?
釧路湿原は、釧路川に沿って広がる日本最大の湿原です。
すぐ南には太平洋があります。この広い湿原は、約6,000年前には海の中でした。
スクロールすると、約2万年前へさかのぼります
現在
台地に囲まれた、平らな低地
上から見ると、周りの台地に囲まれた低地に、湿原が広がっているのがわかります。
まるで湾のような形です。実際に、ここは湾でした。
約2万年前
海が、今よりずっと遠かったころ
約2万年前の最終氷期には、海面は今より約100m低かったといわれています。
ここからは、今の地形をもとにした想像の姿で見ていきます。当時の地形をそのまま再現したものではありません。
約6,000年前
海が入り込み、湾になる
氷期のあと海面が上がり、約6,000年前には今の湿原が海水に覆われて、古釧路湾の一部になりました。これを縄文海進といいます。
青い範囲は、今の標高で10m以下の土地を塗ったイメージです。海面が今より10m高かったという意味でも、当時の海岸線でもありません。
約6,000年前
湾のほとりに、人が暮らしていた
湿原の東の細岡や東釧路では、アサリやカキの貝塚が見つかっています。今は海から離れた場所にも、海の暮らしの跡が残っています。
約4,000年前
海が引き、砂丘が湾をふさぐ
約4,000年前、気候が寒くなると海が後退を始めました。湾の入り口に砂丘ができて、湾は海から切り離されていきます。
砂丘の位置と形は、イメージです。
約3,000年前
湾が沼地に変わり、湿原の基礎ができる
約3,000年前には、昔の湾は沼地になり、今の湿原の基礎ができました。
その上に、冷たい水の中で分解されきらなかった植物が、泥炭として積もっていきます。その速さは、1年に約1mmと説明されています。
湿原ができるまで
東側に残った、海の名残の湖
その後、湿原の西側は隆起し、東側は沈みました。こうして東側には、釧路川と、塘路湖などの海跡湖が残ったと説明されています。
映っているのは今の湖です。湿原の地層をたどると、泥炭の下の最下層には、海だった時代の小石や貝殻の化石の層があります。
1961〜69年
洪水と、まっすぐな川
1920年の大洪水で多くの犠牲者が出ると、釧路川の治水工事が本格化しました。1934年までに、新釧路川と市街の堤防が完成しています。
これは1961〜69年の実際の空中写真です。新釧路川のまっすぐな流れが見えます。写真はこの範囲の一部だけで、北側にはありません。
現在
乾いていく湿原と、川を戻す工事
農地開発や森林伐採、川の直線化などで土砂の流入が増え、地下水位が下がって、湿原の乾燥化が進みました。ハンノキ林の急増や湿原面積の減少が問題になっています。
湿原の入り口にあたる茅沼地区では、直線にした川を蛇行した姿に戻す工事が、2006〜2010年度に行われました。
現在
そして、今の釧路湿原へ
海だった場所は、1980年に日本で最初のラムサール条約登録湿地になり、1987年には国立公園に指定されました。
数千年かけてできた湿原を、今度は人が守り、取り戻そうとしています。

