北海道暮らしの読みもの

3D地形を読み込んでいます

地理院タイル(標高タイル(5mメッシュ・10mメッシュ)、シームレス空中写真、空中写真2011年、平成30年北海道胆振東部地震 正射画像、斜面崩壊・堆積分布図)を加工して作成。高さは1.5倍に強調

地形でわかる北海道

厚真の山はなぜ一斉に崩れた?

苫小牧の東、厚真町の北部には、標高100〜300mほどの低い山が連なっています。丘のあいだを厚真川が流れ、川沿いに田畑と集落が広がります。

今の写真は、場所によって撮影した時期が違います。西側は2021年5〜6月、東側は2024年9月の撮影です。

スクロールすると、地震の朝の崩壊から、9,000年前の軽石、川をせき止めた地すべり、戻りつつある森へとたどります

2018年9月6日 3時7分

丘が、一斉に崩れた

胆振地方中東部の深さ37kmを震源とする、マグニチュード6.7の地震が起きました。厚真町では、北海道で初めて震度7を観測しました。

色を付けた所は、国土地理院が地震直後の写真から読み取った、崩れた斜面と土砂が流れ下った範囲です。崩れた斜面は6,000か所以上にのぼりました。

2018年9月6日

明治以降の地震で、最大の崩壊

崩れた面積は約44km²で、明治以降の主要な地震の中で最も大きいものでした。2番目に大きい2004年の新潟県中越地震(約11km²)の、約4倍にあたります。

1993年の北海道南西沖地震(奥尻島の津波の地震)では約1km²でした。森林の被害は約4,300haに及びました。

2011年

森だった丘

地震の7年前、2011年の空中写真に切り替えました。吉野地区のあたりです。

丘の多くは森に覆われ、ふもとの川沿いに田畑と家が並んでいます。

2018年9月6〜11日

地震のあとの吉野

地震直後に国土地理院が撮った写真に切り替えました。丘の斜面のあちこちで森がはがれ、土がむき出しになっています。

吉野地区では、幅620m、高さ33mにわたって斜面が崩れ、ふもとの家に土砂が押し寄せました。厚真町で亡くなった方は36人にのぼります。

約9,000年前〜

滑ったのは、9,000年前の軽石

厚真の丘は、砂岩や泥岩の土台の上に、樽前山や恵庭岳などから降った軽石や火山灰が1.3〜2mほど積もってできています。

崩れた斜面の多くは、Ta-dと呼ばれる、約9,000年前に樽前山から降った軽石の層の底が、すべり面になっていました。樽前山が活動を始めたころの噴火です。

約9,000年前〜

谷は、いつも水を含んでいた

崩れたのは、まわりから水が集まりやすい谷の部分が多くありました。北海道大学の研究グループの観測では、谷の部分のTa-dの底は、雨に関係なくいつも水を多く含み、風化してもろくなっていました。

地震の直前には台風21号の雨が降っていましたが、研究グループは、この雨がなくても多くの崩壊が起きていたと考えています。谷は「大きな地震が来れば崩れる準備ができていた」のです。

2018年9月6〜11日

川をせき止めた地すべり

日高幌内川では、地震で尾根ごと土の塊が約350m滑り、谷を埋めて向かいの斜面に乗り上げました。

川をふさいだ土砂は、長さ約1,100m、高さ約50m、量は約500万m³です。上流には水がたまり、長さ約2.3kmの湖ができました。

2024年9月

崩れた土で、湖を埋める

北海道開発局は、川をふさいだ土砂を約30m掘り下げて水路をつくり、2019年3月に緊急の工事を終えました。

湖のまわりでも大きな地すべりが起きていて、土の塊が湖に落ちれば、波が下流の幌内地区を襲うおそれがありました。北海道は、道路や川、農地などにたまった崩壊土砂も使って、湖を約240万m³の土で埋め立て、2022年3月に工事を終えました。

2021年5〜6月

3年後の吉野

地震から2年9か月後の、2021年5〜6月の写真です。崩れた跡は筋状に残っていますが、うっすらと緑が戻り始めています。

地震の2か月後、北海道は吉野地区の斜面で、崩れを防ぐ緊急の工事を行うことを決めました。

2024年9月

6年後の山

東側の写真は、地震から6年後の2024年9月に撮られたものです。崩れた跡は、今も白っぽい筋としてはっきり見えます。斜面が森に戻るには、長い時間がかかります。

厚真ダムは、まわりの斜面が崩れて土砂が流れ込み、洪水吐などが壊れました。復旧の工事を終え、2023年に水をためて安全を確かめる試験を行いました。

2022〜2026年度

森を、もう一度

関係する機関がつくった「胆振東部森林再生・林業復興連絡会議」は、崩れた森を再生する計画を立て、2022年度から2026年度の5年間で集中的に森を整えています。

苗木を植えるだけでなく、自然に生えてきたカラマツの芽生えが高い密度で育っている場所も見つかっています。一方で、雨水が地表に刻む溝や霜柱が、草木の根付くのを妨げていることもわかってきました。

現在

火山灰の丘の、これから

厚真の丘の多くは、今も樽前山などの火山灰の層に覆われています。斜面の上のなだらかな所にはTa-dが残り、その下の急な斜面は、昔の崩壊でできたものだと考えられています。この丘は、何千年も前から崩れては形を変えてきました。

北海道大学の研究グループは、いつも水を多く含む火山灰の層がある斜面を、地震で崩れる危険のある斜面として見つけ出すことに、研究を役立てられるとしています。

北海道胆振東部地震の主な数字

発生2018年9月6日3時7分
マグニチュード6.7(震源は胆振地方中東部、深さ37km)
最大震度7(厚真町。北海道で初めて)
崩壊面積約44km²(寒地土木研究所。明治以降の主要な地震で最大)
崩れた斜面の数6,000か所以上(北海道大学)
森林の被害約4,300ha(道総研)
亡くなった方44人(北海道、2021年8月時点)。そのうち厚真町36人(内閣府、2019年1月時点)
日高幌内川の天然ダム長さ約1,100m、高さ約50m、土砂約500万m³(北海道開発局)

崩壊面積は、地震直後の速報では約13.4km²とされていました。約44km²は、のちに航空レーザー測量の結果から集計し直した値です。亡くなった方の数は、集計の時期によって違います。内閣府の2019年1月の発表では42人で、その後、災害関連死が加わりました。

よくある質問

北海道胆振東部地震はいつ起きましたか?

2018年(平成30年)9月6日3時7分です。マグニチュードは6.7、震源は胆振地方中東部の深さ37kmで、厚真町で北海道で初めて震度7を観測しました。

崩れた面積はどのくらいでしたか?

寒地土木研究所が航空レーザー測量から集計した値で約44km²です。国土交通省の資料では、明治以降の主要な地震の中で最も大きいとされています。地震直後の速報では約13.4km²とされていました。

なぜこれほど多くの斜面が崩れたのですか?

厚真の丘には、樽前山などから降った軽石や火山灰が厚く積もっています。崩壊の多くは、約9,000年前に樽前山から降った軽石の層(Ta-d)の底で滑りました。北海道大学の研究では、水の集まりやすい谷の部分で、この層の底がいつも水を多く含み、もろくなっていたことがわかっています。

被害はどのくらいでしたか?

この地震で亡くなった方は44人です(北海道、2021年8月時点)。厚真町では36人が亡くなりました(内閣府、2019年1月時点)。

日高幌内川の天然ダムはどうなりましたか?

北海道開発局が川をふさいだ土砂を約30m掘り下げて水路をつくり、北海道が上流にできた湖を約240万m³の土で埋め立てました。

厚真へ行くなら

崩れた斜面の多くは、今も工事や森林の再生が続く山の中にあります。立ち入りできない場所もあるので、町の案内で確かめてください。厚真の丘に降り積もった軽石の話は、樽前山の溶岩ドームはどうやってできた?でもたどれます。

樽前山の標高や所在地は、北海道の山カタログでも見られます:樽前山(1041m)

この3D地形について

今の地形と写真、2011年と地震直後の空中写真、斜面崩壊・堆積分布図は、国土地理院のデータを開いたブラウザがその場で読み込んで描いています。起伏が見えるよう、高さは1.5倍に強調しています。

地形は、地震のあとに航空レーザーで測った標高データ(5mメッシュ)を使っています。2011年や地震直後の写真の場面でも、地形は崩れたあとの形です。2011年の写真は西側の一部にしかなく、地震直後の写真は撮影した地区ごとに色合いが違います。写真がない所には、今の写真が見えています。

空中写真の出典:地理院タイル(シームレス空中写真、空中写真2011年、平成30年北海道胆振東部地震 正射画像〔厚真川地区9/6撮影、厚真東部地区9/11撮影、厚真地区9/6・8撮影〕、斜面崩壊・堆積分布図)。シームレス空中写真は「電子国土基本図(オルソ画像)」、「簡易空中写真」などから作成されたものです。地理院タイル一覧

参考にした資料

北海道暮らしの読みもの