3D地形を読み込んでいます
地理院タイル(標高タイル、シームレス空中写真、空中写真1974〜78年)を加工して作成。高さは1.5倍に強調
地形でわかる北海道
積丹半島はなぜ一周できなかった?
北海道の西、日本海に大きく突き出た積丹半島。半島の火山の山すそが日本海の荒波に直接洗われ、海面から100m以上の海食崖が続いています。
海岸の多くは、1963年に指定されたニセコ積丹小樽海岸国定公園の中にあります。
スクロールすると、海の中で生まれた岩から、波が削った崖、1996年まで一周できなかった道へとたどります
数百万年前
海の中で生まれた岩
神威岬の岩は、数百万年前の火山の溶岩や火砕岩です。神威岬から来岸にかけての海岸の丘は、主に「水冷破砕岩(ハイアロクラスタイト)」でできています。
高温のマグマが水で急に冷やされて砕けた岩で、角ばった岩のかけらのあいだに、海底の泥が詰まっていることもあります。海の中の火山活動でできた岩です。
約260万〜180万年前
あとから陸の上にできた火山
半島の中央にそびえる積丹岳や余別岳は、もっと新しい火山です。産総研の地質図では、約260万〜180万年前の溶岩や火砕岩とされています。
積丹岳の溶岩は、広い溶岩台地をつくっています。
現在
高さ100mの崖と、波が削った棚
半島の海岸は、ほとんどが急な崖です。高さ100mに達する断崖と、海面すれすれの平らな岩の棚(波食棚)が、波に削られてできました。
棚に刻まれた溝や、崖をえぐった洞窟(海食洞)も、あちこちに見られます。
現在
積丹岬と島武意海岸
半島の北の端、積丹岬のまわりにも崖が続きます。岬の近くの島武意海岸には、縞模様がはっきりした流紋岩の岩体があります。
積丹岬、神威岬などのまわりの海は、北海道で唯一の「海域公園地区」に指定されています。海の中まで、崖と岩礁の変化に富んだ地形が続いています。
現在
波があけた、窓岩
西の海岸の川白の近くには、「窓岩」と呼ばれる岩のアーチがあります。
崖、波食棚、洞窟、アーチと、積丹半島の海岸では、波が岩を削ってつくるさまざまな地形を見ることができます。
1996年11月まで
最後まで、道がなかった海岸
半島をめぐる国道229号は、積丹町の沼前から神恵内村の川白までの間が、長いあいだ通れませんでした。この区間がつながったのは、1996年11月1日のことです。
この開通で、初めて積丹半島を一周できるようになりました。半島の東と西を結ぶ道は、地元の長年の願いでした。
1992年〜
トンネルでつないだ道
崖の続く海岸を、道はトンネルで抜けていきます。北海道開発局の一覧では、余市町から泊村までの国道229号に、27本・合わせて約25kmのトンネルがあります。
開通した区間では、積丹トンネル、大天狗トンネル、長さ1,834mの西の河原トンネルなどが、1996年に完成しました。
1974〜78年
崖の下の、細い道
1974〜78年の空中写真に切り替えました。半島の東側、古平町の豊浜のあたりです。道は、崖のすぐ下の海沿いを通っています。
このあたりの道路のほとんどは、ほぼ垂直に切り立った海食崖の下の、わずかな土地につくられていました。トンネルはカーブが多く、幅の狭いものが主でした。豊浜トンネルは、道を安全にするため1984年に完成しました。
1996年2月10日
豊浜トンネルの崩落
1996年2月10日、豊浜トンネルの上の岩盤が崩れ落ち、トンネルを通っていたバスの乗客など20人が亡くなりました。
この岩も、海の中で冷えて固まった火山の岩でした。すき間が30%以上もある、非常にもろい岩です。水が凍るときに押し広げる力は、崩れた岩が引っ張りに耐えられる強さをはるかに超えています。岩の割れ目にしみ込んだ水がくり返し凍ったりとけたりしたことが、崩落の大きな要因と考えられています。
2000年〜
山の中へ、道を移す
崩落のあと、豊浜トンネルはつくり直され、2000年に長さ2,228mの新しいトンネルが完成しました。
開発局の一覧を見ると、余市町から泊村までの27本のトンネルのうち18本が、2000年以降に完成しています。崖の下の道は、より長いトンネルへと移り変わってきました。
現在
崖に囲まれた半島をめぐる
海の中で生まれた火山の岩が、波に削られて100mの崖になりました。崖の続く海岸で、半島を一周する道がつながったのは1996年のことです。
今は、トンネルでつながった道で半島をめぐり、神威岬や積丹岬から、崖と海の景色を眺めることができます。

